立会川

【立会川の公園】しながわ区民公園の歴史を調べました!

立会川には数多くの公園が存在しています。

中でもひときわ大きく人気があるのが「しながわ区民公園」です。先日数人で近くを通ったのですが、平日から休日、小さなお子様を連れた家族で賑わっています。

最近リニューアルオープンした事でより人が集まるようになったしながわ区民公園ですが、実は歴史のある公園なんです!そこでしながわ区民公園の歴史を調べたので紹介していきます。

 

しながわ区民公園の歴史を時系列で見てみよう!

まずは時系列でしながわ区民公園の歴史を見ていきます。

昭和40~50年、品川区に公園を増やそう!という意見が多くあったようです。

  • 昭和49年7月:区世論調査の質問項目「力を入れてもらいたい施策」で「公園緑地の整備」が34.6%で「老人福祉」(32.5%)、「公害対策」(29.5%)をしのいで第1位。
  • 昭和55年:同調査で、「防災」(27.0%)、「交通安全」(24.2%)などにつぎ、第4位(21.1%)。

当時、1人当たりの公園面積が23区内で20位という悲しい状況でした。以降下記のような流れで「しながわ区民公園」ができていきました。

  • 昭和45年:品川区が東京都に対して、勝島運河の埋め立てと面積約13万㎡の広さの公園建設を要求→都区間協議で施工が決定
  • 昭和48年:埋め立ての方法、環境面の影響調査を実施
  • 昭和50年3月:埋め立てから公園化の基本計画を策定
  • 昭和51年3月:東京港湾計画第3次改定で地域環境改善のために埋め立てと公園化を進める必要があることが決定
  • 昭和51年7月:堆積したヘドロや内陸から流れ込む排水の処理などの課題を解決
  • 昭和56年9月:竣工
  • 昭和57年4月:公園の造成が始まる
  • 昭和58年4月:噴水公園などがまず開園
  • 昭和58年10月:「しながわ区民公園」と命名(それまでは「(仮称)勝島平公園」
  • 昭和62年4月:すべての工事が完了し開園、広さ12万4200㎡の公園が完成

 

しながわ区民公園ができた背景にある「勝島運河の埋め立て」について知ろう!

勝島運河は港湾管理者である東京都が所管していました。

その実態は自動車輸送の発達、南が平和島競艇場、北が現在の東大井一丁目で終わってしまう短さ、東西に横切る水路がないという立地の悪さにより物資輸送という運河本来の機能を失い、桟橋設置者など運河に面する限られた事業者にしか利用されない状態となっていました。下水や工場排水が流れ込み、ヘドロが13m堆積し悪臭も周囲の環境に悪影響を及ぼすという状況でした。

上記にあるとおり、昭和45年に品川区が東京都に対して、勝島運河の埋め立てと面積約13万㎡の広さの公園の建設を求めました。その要求が功を奏し、勝島運河の埋め立てと公園の建設が進められることとなりました。

東京都の考えとしても、運河は悪臭の発生等により周辺住民の生活環境を悪化させているため、沿岸の緑化による公園化造成など、地域環境改善のために活用する必要があると港湾政策の転換点となったそうです。

ちなみに同じ趣旨で勝島運河の南の平和島運河も大田区によって埋め立て、平和の森公園となりました。

 

しながわ区民公園への行き方

ここまでしながわ区民公園の歴史を見てきましたが、いかがでしたでしょうか?

最後にしながわ区民公園への行き方を紹介しておきます。

住所:勝島3-2-2

交通:京浜急行 立会川駅、大森海岸駅から各徒歩約5分(しながわ水族館へは、JR大井町駅前から無料送迎バスがあります。)

開園時間:午前6時~午後8時30分

家族で遊びに行くもよし、カップルで行くもよし、大井競馬場やしながわ水族館の途中で立ち寄るのもよしなので是非訪れてみてはいかがでしょうか♪

参考文献:品川区史(品川区発行)

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